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◆和紙情報


各地の和紙を次世代につなぐために 
ー 遠野(福島県いわき市)と徳地(山口県山口市)でガンバル地域おこし協力隊 ー
「地域おこし協力隊」とは、国(総務省)の取組みで「制度概要として都市地域から過疎地域等の条件不利地域に住民票を移動し、生活の拠点を移した者を、地方公共団体が「地域おこし協力隊員」として委嘱。隊員は、一定期間、地域に居住して、地域ブランドや地場産品の開発・販売・ PR等の地域おこしの支援や、農林水産業への従事、住民の生活支援などの「地域協力活動」を行いながら、その 地域への定住・定着を図る取組。」と発表されています。活動期間は概ね1年以上3年以下、特別交付税により財政支援 1地域おこし協力隊員の活動に要する経費:隊員1人あたり400万円上限とするものです。
詳細は以下総務省HPを御覧下さい。
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/c-gyousei/index.html
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/c-gyousei/02gyosei08_03000066.html
 平成27年度は全国で隊員数2,625人、664市町村で活躍しています。その中で和紙の継承や再生に取組む産地から、2ヶ所、現在和紙作りと格闘中の山口市徳地和紙協力隊と来年度の募集を始めたいわき市遠野和紙の紹介をします。

 

特集「技術継承を目指す地域おこし協力隊の活動『山口徳地手漉き和紙』編」
(HP3回特集)
 昨年春に山口市地域おこし協力隊となった船瀬春香(ふなせはるか)さんにお願いをして、ご本人の体験を通して和紙と地域おこしについて3回にわけて語っていただきます。船瀬さんは現地に行く前に、それまで和紙が身近になかったことから、できるだけ多くの和紙とその内容や状況を知って現地に臨もうとし、昨年3月に和紙研の例会も見学され、他に和紙産地・工房、博物館や展示館に赴き、関連展覧会やイベントを観覧し、関連資料などから様々ことを学ぼうとし、自分が進もうとするところへできるだけ準備をして行こうとしておりました。その姿を知りこの特集のお願いをしました。経験を踏まえていただくために2・3回目は、間の時間をとって夏(7月)・秋(10月)の予定ですが、作業状況によって月が変わるかもしれませんのでご了承下さい。
 全国の歴史的和紙産地には同じような状況があると思いますし、これらの制度も利用して、何とかの次世代にその土地の和紙を伝えていけることを願っています。和紙作りの現実は大変だと思いますのでエールを送ってあげて下さい。(HP担当日野)

 

第1回「徳地和紙紹介と協力隊参加」
                 山口市地域おこし協力隊 船瀬春香

800年以上の歴史をつなぐ徳地和紙

徳地を流れる佐波川(さばがわ)
①徳地を流れる 佐波川I
「徳地(とくぢ)和紙」をご存知だろうか。山口県山口市の中山間地域である徳地に伝わる手漉き和紙だ。鎌倉時代初期、源平の戦いで消失した東大寺の再建用木材を求めて徳地を訪れた、重源上人により伝えられたとされている。(実際にはもっと古くから紙漉きが行われていたとも言われている)
江戸時代には毛利氏の「三白政策」(※下記参照)の下に紙漉きが奨励され、生産量も技術も向上、明治34年には4,388戸が紙漉きに携わっていたが、洋紙の普及で一気に衰退した。それでも徳地和紙は消滅することなく、現在も、「千々松和紙工房」の千々松哲也氏(山口市指定無形文化財)、「山内農場」の山内幸彦氏、「重源の郷」の粟屋香澄氏が徳地和紙を漉いている。
 また、平成26年には地域の有志による「山口とくぢ和紙振興会 結の香」が発足した。

栽培されている三椏
②栽培されている三椏 syou

地図
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サラリーマンから和紙職人に
 歴史ある徳地和紙を守り継いでいくために、山口市は平成27年に嘱託職員2名(「地域おこし協力隊」)を採用した。その一人は千々松哲也氏の息子さんで、大阪からUターンした千々松友之氏、もう一人が東京から移住した私だ。

③楮のそぶり(皮剥き)作業 左:千々松友之氏、右:船瀬春香
③楮のそぶり(皮剥ぎ)作業左:千々松友之氏、右:船瀬春香 syou

 

④そぶり道具
④楮のそぶり道具

 

千々松友之氏と私は共に40代。二人とも会社員生活から一変し、徳地和紙の伝統と技術の継承を目指して和紙作りを学び始めたが、当初の私は原料や道具の名称さえ分からない状態。千々松哲也氏と山内幸彦氏に、原料を煮るための薪割りや火おこしから教えてもらうことになった。
 木の皮がほどけて繊維になっていく変化に関心し、トロロアオイの粘りに驚き、簾桁ですくった水の重さに面食らいながらの作業だ。初めて漉いた楮の障子紙は、ムラがあって乾燥時にうまく扱えず、全て破けてしまった。今もわからないことばかりだが、木の繊維を美しい紙に仕上げる先人の知恵と技を、身を持って学べることに喜びを感じている。

⑤千々松友之氏、乾燥中の楮 
⑤千々松友之氏、乾燥中の楮 shou

⑥原料の煮熟 
⑥原料の煮熟 

⑦楮の煮熟後の晒し 
⑦楮の煮熟後の晒し

⑧紙漉き(楮の障子紙) 
⑧紙漉き(楮の障子紙)

⑨地元の木工所に作ってもらった名刺簾桁
⑨地元の木工所に作ってもらった名刺簾桁I

 

なぜ手漉き和紙の世界に飛び込んだのか
 東京で20年間オフィスワークをしていた自分が、なぜ山口に移住して手漉き和紙に関わろうと思ったのか。その理由は、「日本と海外をつなぎたい」という思いと「ものづくりへの憧れ」だ。
 私は学生の頃から英会話が好きだったので、英語を使って日本と海外の架け橋になるような仕事をしてきたが、いつ頃からか、ものづくりへの憧れを持つようになっていった。また、新聞や雑誌などで日本の伝統産業が後継者不足に悩み、消滅の危機にさらされているという記事を読むたび、自分にできることはないかと思っていた。しかし、具体的にどうすればいいかはわからず、年齢的にも職人に弟子入りするには遅いと思っていた。
 そんな中、地域おこし協力隊が「徳地手漉き和紙の技術継承者」を募集していることを知り、これはチャンスと迷わず応募した。
 とは言っても、実は、「手漉き和紙」に特段の思いを持っていた訳ではない。応募を決めてから和紙専門店を覗き、紙漉き体験もしたが、自分の生活に和紙製品が一つも含まれていなかったことにショックを受けたほどだ。
 ただ、子供の頃から色々な種類の紙を集めてカードやアルバムを手作りしていたし、紙と文字と立体物を組み合わせたコラージュがとても好きなので、「紙」という素材が、他のものよりも好きなのだと思う。
 改めて考えると、私にとって、「ものづくりへの憧れ」は、自分の手で美しいものを生み出せるようになりたいという願いだ。それができたら、美しいものを通じて日本と海外をつなげていきたい。この二つの願いを叶えたいと思って、手漉き和紙の世界に飛び込んだ。
 今後の連載を通じて、徳地の魅力や徳地和紙の今、地域おこし協力隊の活動、山口の和紙スポット等を紹介していきたい。
 最後に、私が地域おこし協力隊に応募しようと思ってから和紙の勉強を始めたところ、和紙文化研究会とご縁が生まれ、このような形で情報発信の機会を頂いた。心より御礼を申し上げたい。

⑩3月下旬の佐波川 
⑩3月下旬の佐波川I

※ 三白政策とは
江戸時代に、毛利藩が藩財政強化のために行った殖産政策で、米、紙、塩の「三白」(櫨蝋を加えて「四白」とも言う)の増産を図った。

 

工房の場所(Google map)(工房は「山口観光コンベンション協会徳地支部」に併設・常勤していません)
https://www.google.co.jp/maps/place/ 山口観光コンベンション協会徳地支部

 

遠野和紙へ協力隊求む
 「遠野和紙」は、クワ科の楮を100%使用した手漉き和紙で、丈夫で、2年、3年と経過するにつれ、より白くなるという特徴がある伝統的和紙です。遠野地区では約400年前から紙漉きが行われており、江戸時代には「磐城延紙」のブランドで、江戸に出荷されていました。古くは武家の記録用紙や障子紙に使われ、現在では地区内の小・中学校、高校の卒業証書や市政功労表彰状などに用いられています。
 しかし、1973(昭和48)年には遠野地区に漉屋が1軒のみとなり、1986(昭和61)年、「いわき和紙製作技術」として、いわき市の無形文化財に指定となるものの、2014年に技術保持者が亡くなったことにより、指定が解除され、その伝統の技が途絶えようとしていることから、「遠野和紙」の制作技術の習得、継承に意欲のある人材を地域おこし協力隊として募集することしました(協力隊募集はH27年度から実施しています)。     〔いわき市地域振興課〕

募集人員:2名 20歳以上 男女不問
賃金:月額160,000円(賞与年2回、各0.25ヵ月)
雇用期間:採用決定後から平成29年3月31日まで(予定)最長平成31年3月31日まで延長可。
受付期間:平成28年4月1日(金)から5月10日(火)まで
他に諸条件がありますので以下に問合せ下さい。
いわき市市民協働部 地域振興課(〒970-8686 いわき市平字梅本21番地  TEL0246-22-7414)
http://www.city.iwaki.lg.jp/www/contents/1458088327708/index.html